しきたりノート

喜寿とは

喜寿(きじゅ)は、77歳を迎えたことを祝う長寿祝いです。「喜」を草書で崩した「㐂」の形が七十七と読めることからこの名前が付き、辞書では「喜の字の祝い」とも呼ばれています。

お祝いの色は、古希と同じ紫とされることが多いです。2026年に喜寿を祝うのは、満年齢なら1949年(昭和24年)生まれ、数え年なら1950年(昭和25年)生まれの人です。

喜寿は何歳か

喜寿は77歳を祝うものです。百科事典では数え年77歳の祝いと説明されていますが、いまは満77歳の誕生日に合わせて祝う家が多くなっています。古希の7年後、傘寿の3年前にあたります。

数え方の違いを、1950年(昭和25年)3月生まれの人で比べてみます。満年齢で祝うなら、77歳の誕生日を迎える2027年3月が喜寿です。数え年で祝うなら、数え年77歳になる2026年の元日から喜寿の年に入り、その年のお正月か誕生日のころに祝います。同じ人でも、数え方によって祝う年が1年ずれることになります。

生年月日から、喜寿の年を和暦つきで確かめたいときは長寿祝いの早見表と計算を使ってください。

「喜」の草書体と喜寿の名前

「喜」を草書で書くと、上の部分が七、下の部分が七を二つ並べたような形になり、略して「㐂」と書かれます。これを七十七と読んで、77歳のお祝いを喜寿と呼ぶようになりました。米寿や白寿と同じく、字の形を数字に見立てた名前です。

「喜」という字そのものがおめでたい意味を持つため、喜寿は名前を聞くだけでお祝いの気持ちが伝わる節目でもあります。

喜寿の祝いはいつから始まったか

百科事典によると、喜寿の祝いは平安時代以前には見られず、室町時代の末ごろから行われるようになり、江戸時代に広まりました。還暦や古希より新しい祝いですが、近世以降は還暦、古希、米寿とともに、長寿祝いの代表として祝われています。

各地に伝わる喜寿の習わし

百科事典には、地域ごとの喜寿の祝い方も紹介されています。神奈川県の秦野では、77歳の年の7月7日に火吹き竹をつくり、火事よけのまじないにしたといいます。長野県の諏訪地方では、羽織や着物、杖を贈って祝ったとされます。祝われる家が、紅白の餅に「喜」の字を書いて配る習わしも伝えられています。

七が並ぶ7月7日を選ぶ習わしのように、数字の七を大切にする祝い方は、いまでも77個の何かを集めて贈る、7月7日に集まる、といった形で受け継ぐことができます。

喜寿の色

喜寿の色は、古希と同じく紫とされることが多いです。紫は気品のある色として、年長者への敬意を表す色と説明されています。ただ、色の割り当ては贈り物の解説によって少しずつ違い、決まりではありません。紫の小物や花を添えるか、本人の好みの色を選びます。

喜寿の祝い方

77歳になると、体力や外出の負担は人によって大きく違ってきます。自宅や近所の店での食事会を中心に、本人が疲れない時間で祝う家が多いです。時期や贈り物、メッセージの書き方は喜寿のお祝いで紹介しています。

よくある質問

喜寿は「きじゅ」と読みますか。
「きじゅ」と読みます。100歳の祝いを「紀寿(きじゅ)」と呼ぶこともありますが、字も年齢も違います。
喜寿は数え年で祝うものですか。
もとは数え年77歳の祝いですが、いまは満77歳の誕生日に祝う家が多く、どちらでも構いません。
夫婦で喜寿と傘寿が重なるときは。
同じ年に二人の長寿祝いをまとめて祝う家もあります。それぞれの名前を入れたお祝いの言葉を用意すると、どちらも主役になれます。

出典・確認日

喜寿の由来、始まった時期と各地の習わし:デジタル大辞泉・日本大百科全書・世界大百科事典(コトバンク「喜寿」)(2026年10月24日確認)。

数え年と満年齢:デジタル大辞泉・世界大百科事典(コトバンク「数え年」)、世界大百科事典(コトバンク「賀寿」の「年祝」の項)、浜松市「敬老祝金」(2026年4月1日更新)(2026年10月24日確認)。自治体の敬老の贈り物の対象年齢は自治体ごとに違います。

お祝いの色:贈答品の販売店による長寿祝いの解説(1)、贈答品の販売店による長寿祝いの解説(2)(2026年10月24日確認)。色は辞書に書かれていない慣習で、同じ解説の中でも書き方が分かれています。